ニ《ほて》らせながら、その山鴫が見つかつた時の一部始終を話して聞かせた。
 トウルゲネフの空想には、「猟人日記」の一章のやうな、小品の光景がちらりと浮んだ。
 イリアが帰つて行つた後は、又元の通り静かになつた。薄暗い林の奥からは、春らしい若芽の匂だの湿つた土の匂だのが、しつとりとあたりへ溢れて来た。その中に何か眠さうな鳥が、時たま遠くに啼く声がした。
「あれは、――?」
「縞蒿雀《しまあをじ》です。」
 トウルゲネフはすぐに返事をした。
 縞蒿雀は忽ち啼きやんだ。それぎり少時《しばらく》は夕影の木々に、ぱつたり囀《さへづ》りが途絶えてしまつた。空は、――微風さへ全然落ちた空は、その生気のない林の上に、だんだん蒼い色を沈めて来る、――と思ふと鳧《けり》が一羽、寂しい声を飛ばせながら、頭の上を翔《か》けて通つた。
 再び一発の銃声が、林間の寂寞を破つたのは、それから一時間も後の事だつた。
「リヨフ・ニコラエヰツチは鴫打ちでも、やはり私を負かしさうです。」
 トウルゲネフは眼だけ笑ひながら、ちよいと肩を聳《そびや》かせた。
 子供たちが皆駈けだした音、ドオラが時々吠え立てる声、――それがもう
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