ノ、子供たちの顔を見廻してゐた。が、昨日の山鴫が無事に見つかつた事を知ると、忽ち彼の髯深《ひげぶか》い顔には、晴れ晴れした微笑が浮んで来た。
「さうか? 木の枝にひつかかつてゐたのか? それでは犬にも見つからなかつた筈だ。」
彼は椅子を離れながら、子供たちにまじつたトウルゲネフの前へ、逞《たくま》しい右手をさし出した。
「イヴアン・セルゲエヰツチ。これで僕も安心が出来る。僕は嘘をつくやうな人間ではない。この鳥も下に落ちてゐれば、きつとドオラが拾つて来たのだ。」
トウルゲネフは殆《ほとんど》恥しさうに、しつかりトルストイの手を握つた。見つかつたのは山鴫か、それとも「アンナ・カレニナ」の作家か、――「父と子と」の作家の胸には、その判断にも迷ふ位、泣きたいやうな喜ばしさが、何時か一ぱいになつてゐたのだつた。
「僕だつて嘘をつくやうな人間ではない。見給へ。あの通りちやんと仕止めてあるではないか? 何しろ銃が鳴ると同時に、石のやうに落ちて来たのだから、――」
二人の翁は顔を見合せると、云ひ合せたやうに哄笑した。
[#地から2字上げ](大正九年十二月)
底本:「現代日本文学大系 43
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