ゥりでも既に驚かされたが、この又異様な青年が、既に多少は名声のある、新しい作家の一人だつたのには、愈《いよいよ》驚かずにはゐられなかつた。……
「それがガルシンと云ふ方でした。」
トウルゲネフはこの名を聞くと、もう一度雑談の圏内へ、トルストイを誘つて見る気になつた。と云ふのは相手の打ち融けないのが、益《ますます》不快になつた外にも、嘗《かつ》て彼はトルストイに、始めてガルシンの作物を紹介した縁故があるからだつた。
「ガルシンでしたか?――あの男の小説も悪くはあるまい。君はその後、何を読んだか知らないが、――」
「悪くはないやうだ。」
それでもトルストイは冷然と、好い加減な返事をしただけだつた。――
トウルゲネフはやつと身を起すと、白髪《しらが》の頭を振りながら、静に書斎の中を歩き出した。小さな卓《テエブル》の上の蝋燭の火は、彼が行つたり来たりする度に、壁へ映つた彼の影を大小さまざまに変化させた。が、彼は黙然と、両手を後に組んだ儘、懶《ものう》さうな眼は何時までも、裸の床を離れなかつた。
トウルゲネフの心の中には、彼がトルストイと親しくしてゐた、二十余年以前の追憶が、一つ一つ鮮《
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