v議な程嬉しい気がするのだつた。
――彼が寝室へ退く前、主客は一家の男女と共に、茶の卓子《テエブル》を囲みながら、雑談に夜を更《ふ》かしてゐた。トウルゲネフは出来得る限り、快活に笑つたり話したりした。しかしトルストイはその間でも、不相変《あひかはらず》浮かない顔をしたなり、滅多に口も開かなかつた。それが始終トウルゲネフには、面憎《つらにく》くもあれば無気味でもあつた。だから彼は一家の男女に、ふだんよりも愛嬌を振り撒《ま》いては、わざと主人の沈黙を無視するやうに振舞はうとした。
一家の男女はトウルゲネフが、軽妙な諧謔を弄《ろう》する度に、何れも愉快さうな笑ひ声を立てた。殊に彼が子供たちに、ハムブルグの動物園の象の声だの、巴里のガルソンの身ぶりだのを巧みに真似て見せる時は、一層その笑ひ声が高くなつた。が、一座が陽気になればなる程、トウルゲネフ自身の心もちは、愈《いよいよ》妙にぎこち[#「ぎこち」に傍点]ない息苦しさを感ずるばかりだつた。
「君はこの頃有望な新進作家が出たのを知つてゐるか?」
話題が仏蘭西《フランス》の文芸に移つた時、とうとう不自然な社交家ぶりに、堪へられなくなつたトウ
前へ
次へ
全19ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング