心にかけられぬ様にと、今度は素直に申しました。その時はもう苦笑いよりは北叟笑《ほくそえ》んでいたことも覚えて居りまする。」
「何をまた数馬は思い違えたのじゃ?」
「それはわたくしにもわかり兼ねまする。が、いずれ取るにも足らぬ些細《ささい》のことだったのでございましょう。――そのほかは何もございませぬ。」
そこにまた短い沈黙があった。
「ではどうじゃな、数馬の気質は? 疑い深いとでも思ったことはないか?」
「疑い深い気質とは思いませぬ。どちらかと申せば若者らしい、何ごとも色に露《あら》わすのを恥じぬ、――その代りに多少激し易い気質だったかと思いまする。」
三右衛門はちょっと言葉を切り、さらに言葉をと云うよりは、吐息《といき》をするようにつけ加えた。
「その上あの多門との試合は大事の試合でございました。」
「大事の試合とはどう云う訣《わけ》じゃ?」
「数馬は切《き》り紙《がみ》でござりまする。しかしあの試合に勝って居りましたら、目録を授《さずか》ったはずでございまする。もっともこれは多門にもせよ、同じ羽目《はめ》になって居りました。数馬と多門とは同門のうちでも、ちょうど腕前の伯仲《はく
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