だったように思って居りまする。」
「じゃがそちの斬り払った時に数馬と申すことを悟《さと》ったのは?」
「それははっきりとはわかりませぬ。しかし今考えますると、わたくしはどこか心の底に数馬に済まぬと申す気もちを持って居ったかとも思いまする。それゆえたちまち狼藉者《ろうぜきもの》を数馬と悟ったかとも思いまする。」
「するとそちは数馬の最後を気の毒に思うて居《い》るのじゃな?」
「さようでございまする。且《かつ》はまた先刻《せんこく》も申した通り、一かどの御用も勤まる侍にむざと命を殞《おと》させたのは、何よりも上《かみ》へ対し奉り、申し訣《わけ》のないことと思って居りまする。」
語り終った三右衛門はいまさらのように頭《かしら》を垂れた。額《ひたい》には師走《しわす》の寒さと云うのに汗さえかすかに光っている。いつか機嫌《きげん》を直した治修《はるなが》は大様《おおよう》に何度も頷《うなず》いて見せた。
「好《よ》い。好い。そちの心底はわかっている。そちのしたことは悪いことかも知れぬ。しかしそれも詮《せん》ないことじゃ。ただこの後《のち》は――」
治修は言葉を終らずに、ちらりと三右衛門《さん
前へ
次へ
全20ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング