、だんだんあせりはじめました。わたくしはあせるのを見るにつけても、今度こそはぜひとも数馬へ扇を挙げたいと思いました。しかしそう思えば思うほど、実は扇を挙げることをためらうようになるのでございまする。二人は今度もしばらくの後《のち》、七八|合《ごう》ばかり打ち合いました。その内に数馬はどう思ったか、多門へ体当《たいあた》りを試みました。どう思ったかと申しますのは日頃《ひごろ》数馬は体当りなどは決して致さぬゆえでございまする。わたくしははっと思いました。またはっと思ったのも当然のことでございました。多門は体《たい》を開いたと思うと、見事にもう一度面を取りました。この最後の勝負ほど、呆気《あっけ》なかったものはございませぬ。わたくしはとうとう三度とも多門へ扇を挙げてしまいました。――わたくしの依怙と申すのはこう云うことでございまする。これは心の秤《はかり》から見れば、云わば一毫《いちごう》を加えたほどの吊合《つりあ》いの狂いかもわかりませぬ。けれども数馬はこの依怙のために大事の試合を仕損《しそん》じました。わたくしは数馬《かずま》の怨《うら》んだのも、今はどうやら不思議のない成行《なりゆき》
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