わたくしの心の秤《はかり》は数馬に傾いて居るのでございまする。わたくしはこの心の秤《はかり》を平《たい》らに致したい一心から、自然と多門の皿の上へ錘《おもり》を加えることになりました。しかも後《のち》に考えれば、加え過ぎたのでございまする。多門には寛《かん》に失した代りに、数馬には厳に過ぎたのでございまする。」
 三右衛門はまた言葉を切った。が、治修は黙然《もくねん》と耳を傾けているばかりだった。
「二人は正眼《せいがん》に構えたまま、どちらからも最初にしかけずに居りました。その内に多門は隙《すき》を見たのか、数馬の面《めん》を取ろうと致しました。しかし数馬は気合いをかけながら、鮮《あざや》かにそれを切り返しました。同時にまた多門の小手《こて》を打ちました。わたくしの依怙の致しはじめはこの刹那《せつな》でございまする。わたくしは確かにその一本は数馬の勝だと思いました。が、勝だと思うや否や、いや、竹刀の当りかたは弱かったかも知れぬと思いました。この二度目の考えはわたくしの決断《けつだん》を鈍《にぶ》らせました。わたくしはとうとう数馬の上へ、当然挙げるはずの扇を挙げずにしまったのでございま
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