王 いや、今日《きょう》はあなたと一しょに、ゆっくり御話がしたいのです。(王子を見る)誰ですか、その下男は?
王子 下男?(腹立たしそうに立ち上る)わたしは王子です。王女を助けに来た王子です。わたしがここにいる限りは、指一本も王女にはささせません。
王 (わざと叮嚀《ていねい》に)わたしは三つの宝を持っています。あなたはそれを知っていますか?
王子 剣と長靴とマントルですか? なるほどわたしの長靴は一町も飛ぶ事は出来ません。しかし王女と一しょならば、この長靴をはいていても、千里や二千里は驚きません。またこのマントルを御覧なさい。わたしが下男と思われたため、王女の前へも来られたのは、やはりマントルのおかげです。これでも王子の姿だけは、隠す事が出来たじゃありませんか?
王 (嘲笑《あざわら》う)生意気《なまいき》な! わたしのマントルの力を見るが好い。(マントルを着る。同時に消え失せる)
王女 (手を打ちながら)ああ、もう消えてしまいました。わたしはあの人が消えてしまうと、ほんとうに嬉しくてたまりませんわ。
王子 ああ云うマントルも便利ですね。ちょうどわたしたちのために出来ているようです。
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