中尉はちょっと疑惑とも躊躇《ちゅうちょ》ともつかない表情を示した。それから何とも返事をしずにテエブルの上の新聞を読みはじめた。ガンルウムの中には二人《ふたり》のほかにちょうど誰もい合わせなかった。が、テエブルの上のコップにはセロリイが何本もさしてあった。A中尉もこの水々しいセロリイの葉を眺めたまま、やはり巻煙草ばかりふかしていた。こう云う素《そ》っ気ないY中尉に不思議にも親しみを感じながら。………

     2 三人

 一等戦闘艦××はある海戦を終った後《のち》、五隻の軍艦を従えながら、静かに鎮海湾《ちんかいわん》へ向って行った。海はいつか夜《よる》になっていた。が、左舷《さげん》の水平線の上には大きい鎌《かま》なりの月が一つ赤あかと空にかかっていた。二万|噸《トン》の××の中は勿論まだ落ち着かなかった。しかしそれは勝利の後《あと》だけに活《い》き活《い》きとしていることは確かだった。ただ小心者《しょうしんもの》のK中尉だけはこう云う中にも疲れ切った顔をしながら、何か用を見つけてはわざとそこここを歩きまわっていた。
 この海戦の始まる前夜、彼は甲板《かんぱん》を歩いているうちにかす
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