火薬庫に火のはいったために俄《にわ》かに恐しい爆声を挙げ、半ば海中に横になってしまった。××は勿論びっくりした。(もっとも大勢《おおぜい》の職工たちはこの××の震《ふる》えたのを物理的に解釈したのに違いなかった。)海戦もしない△△の急に片輪《かたわ》になってしまう、――それは実際××にはほとんど信じられないくらいだった。彼は努めて驚きを隠し、はるかに△△を励したりした。が、△△は傾いたまま、炎《ほのお》や煙の立ち昇《のぼ》る中にただ唸《うな》り声を立てるだけだった。
 それから三四日たった後《のち》、二万噸の××は両舷の水圧を失っていたためにだんだん甲板《かんぱん》も乾割《ひわ》れはじめた。この容子《ようす》を見た職工たちはいよいよ修繕工事を急ぎ出した。が、××はいつの間《ま》にか彼自身を見離していた。△△はまだ年も若いのに目の前の海に沈んでしまった。こう云う△△の運命を思えば、彼の生涯は少くとも喜びや苦しみを嘗《な》め尽していた。××はもう昔になったある海戦の時を思い出した。それは旗もずたずたに裂《さ》ければ、マストさえ折れてしまう海戦だった。……
 二万噸の××は白じらと乾いたドッ
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