い訣《わけ》には行《ゆ》かなかった。
「この頃みんなの持って来る鼠は大抵《たいてい》八つ裂《ざ》きになっているぜ。寄ってたかって引っぱり合うものだから。」
 ガンルウムに集った将校たちはこんなことを話して笑ったりした。少年らしい顔をしたA中尉もやはり彼等の一人だった。つゆ空に近い人生はのんびりと育ったA中尉にはほんとうには何もわからなかった。が、水兵や機関兵の上陸したがる心もちは彼にもはっきりわかっていた。A中尉は巻煙草《まきたばこ》をふかしながら、彼等の話にまじる時にはいつもこう云う返事をしていた。
「そうだろうな。おれでも八つ裂きにし兼ねないから。」
 彼の言葉は独身者《どくしんもの》の彼だけに言われるのに違いなかった。彼の友だちのY中尉は一年ほど前に妻帯していたために大抵《たいてい》水兵や機関兵の上にわざと冷笑を浴びせていた。それはまた何ごとにも容易《ようい》に弱みを見せまいとするふだんの彼の態度にも合《がっ》していることは確かだった。褐色の口髭《くちひげ》の短い彼は一杯《いっぱい》の麦酒《ビール》に酔った時さえ、テエブルの上に頬杖《ほおづえ》をつき、時々A中尉にこう言ったりして
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