ず分ると云ひましたが、私の長い経験から、何も人の秘密を知る必要はありませんから、その指環は嵌めずに、帯の間に入れて置きました。しかし私が思ひますに、何処の王様でも、王様は我儘者ですから、もしも私が恥しめられる様な事がありましたら毒を呑んで死んでしまはうと思つて、かうして毒を持つてゐるのです。」と云ふのを次の室で聞いてゐた王様は、自分の誤りから老人を疑つた事を深く詫びて、そこで食卓を共にする事となりました。その時着物を着換へに出て行つた娘が入つてくるのを見ると、驚いた事には、膏薬だらけだつた娘は、非常に美しい、以前の美しさにも比べられない美しさになつてゐました。驚いて見てゐた王様に娘は「王様、私は決して悪い病気にかかつたのではありません。私はあなたの心を試さうとして、顔に膏薬をはつてゐたのです。」と云ひながら、卓子《テエブル》の抽出しから一つの指環を出して、「私が未だ町に居りました時、一人の乞食からこの銀の指環を貰ひました。この指環を嵌めてゐると、如何なる男の心をも捉へる事が出来ると云ふのでしたが、私はさう云ふ手段による事は正しくないと悟りましたので、決してこの指環は嵌めませんでしたが、
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