つき》でも 二|月《つき》でも、或は又一年でも、わたしと一しよに住んで下さい。わたしはアラアのおん名《な》に誓ひ、妹のやうにつき合ふことにします。その間《あひだ》にもし不足があれば、何時《いつ》出て行つてもかまひません。」
 娘はちよいとためらひました。
商人 「その代りわたしの心がわかれば、わたしの妻になつて下さい。わたしはこの三年ばかり、妻にする女を探してゐました。が、あなた一人《ひとり》を除けば、誰もわたしの気に入らないのです。どうかわたしの願をかなへて下さい。」
 娘は顔を赤らめながら、やつとかすかに返事をしました。
娘 「わたくしは此処へ水を汲みに来る度に、何度もあなたにお目にかかりました。しかしあなたは何と仰有るかたか、それさへまだ存じません。ましてお住居は何処にあるか……」
 今度言葉を遮つたのはハアヂと名乗つた商人です。商人は微笑を浮べながら、叮嚀に娘へ会釈《えしやく》をしました。
商人 「バグダツドの町に住んでゐるものは誰でもわたしの家を知つてゐます。わたしはカリフ・アブダルです。父の位《くらゐ》を継《つ》いだアラビアの王です。どうか王宮へ来て下さい。」
 商人は、―
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