さまに抛《ほう》り出した。
その途端に何小二は、どうか云う聯想の関係で、空に燃えている鮮やかな黄いろい炎が眼に見えた。子供の時に彼の家の廚房《ちゅうぼう》で、大きな竈《かまど》の下に燃えているのを見た、鮮やかな黄いろい炎である。「ああ火が燃えている」と思う――その次の瞬間には彼はもういつか正気《しょうき》を失っていた。………
中
馬の上から転げ落ちた何小二《かしょうじ》は、全然正気を失ったのであろうか。成程《なるほど》創《きず》の疼《いた》みは、いつかほとんど、しなくなった。が、彼は土と血とにまみれて、人気のない川のふちに横《よこた》わりながら、川楊《かわやなぎ》の葉が撫でている、高い蒼空《あおぞら》を見上げた覚えがある。その空は、彼が今まで見たどの空よりも、奥深く蒼く見えた。丁度大きな藍《あい》の瓶《かめ》をさかさまにして、それを下から覗いたような心もちである。しかもその瓶の底には、泡の集ったような雲がどこからか生れて来て、またどこかへ※[#「條」の「木」に代えて「羽」の旧字体、第3水準1−90−31]然《ゆうぜん》と消えてしまう。これが丁度絶えず動いている川
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