や事情のするなりにさせて置いた私は、何と云う莫迦《ばか》だろう。」
 何小二はその唸り声の中にこんな意味を含めながら、馬の平首《ひらくび》にかじりついて、どこまでも高粱の中を走って行った。その勢に驚いて、時々|鶉《うずら》の群《むれ》が慌しくそこここから飛び立ったが、馬は元よりそんな事には頓着《とんじゃく》しない。背中に乗せている主人が、時々ずり落ちそうになるのにもかまわずに、泡を吐き吐き駈けつづけている。
 だからもし運命が許したら、何小二はこの不断の呻吟《しんぎん》の中に、自分の不幸を上天に訴えながら、あの銅《あかがね》のような太陽が西の空に傾くまで、日一日馬の上でゆられ通したのに相違ない。が、この平地が次第に緩《ゆる》い斜面をつくって、高粱と高粱との間を流れている、幅の狭い濁り川が、行方《ゆくて》に明《あかる》く開けた時、運命は二三本の川楊《かわやなぎ》の木になって、もう落ちかかった葉を低い梢《こずえ》に集めながら、厳《いかめ》しく川のふちに立っていた。そうして、何小二の馬がその間を通りぬけるが早いか、いきなりその茂った枝の中に、彼の体を抱き上げて、水際の柔らかな泥の上へまっさか
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