が、一つテエブルを囲みながら、一碗の珈琲《コオヒイ》と一本の葉巻とに忙しさを忘れて、のどかな雑談に耽《ふけ》っていた。早春とは云いながら、大きなカミンに火が焚《た》いてあるので、室《しつ》の中はどうかすると汗がにじむほど暖い。そこへテエブルの上へのせた鉢植えの紅梅が時々|支那《しな》めいた匂を送って来る。
 二人の間の話題は、しばらく西太后《せいたいこう》で持ち切っていたが、やがてそれが一転して日清《にっしん》戦争当時の追憶になると、木村少佐は何を思ったか急に立ち上って、室の隅に置いてあった神州日報の綴《と》じこみを、こっちのテエブルへ持って来た。そうして、その中の一枚を山川技師の眼の前へひろげると、指である箇所をさしながら、読み給えと云う眼つきをした。それがあまり唐突《とうとつ》だったので、技師はちょいと驚いたが、相手の少佐が軍人に似合わない、洒脱《しゃだつ》な人間だと云う事は日頃からよく心得ている。そこで咄嗟《とっさ》に、戦争に関係した奇抜な逸話を予想しながら、その紙面へ眼をやると、果してそこには、日本の新聞口調に直すとこんな記事が、四角な字ばかりで物々しく掲《かか》げてあった。

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