――街《がい》の剃頭店《ていとうてん》主人、何小二《かしょうじ》なる者は、日清戦争に出征して、屡々《しばしば》勲功を顕《あらわ》したる勇士なれど、凱旋《がいせん》後とかく素行|修《おさま》らず、酒と女とに身を持崩《もちくず》していたが、去る――日《にち》、某酒楼にて飲み仲間の誰彼と口論し、遂に掴《つか》み合いの喧嘩となりたる末、頸部に重傷を負い即刻絶命したり。ことに不思議なるは同人の頸部なる創《きず》にして、こはその際|兇器《きょうき》にて傷《きずつ》けられたるものにあらず、全く日清戦争中戦場にて負いたる創口が、再《ふたたび》、破れたるものにして、実見者の談によれば、格闘中同人が卓子《テエブル》と共に顛倒するや否や、首は俄然|喉《のど》の皮一枚を残して、鮮血と共に床上《しょうじょう》に転《まろ》び落ちたりと云う。但《ただし》、当局はその真相を疑い、目下犯人厳探中の由なれども、諸城《しょじょう》の某甲《ぼうこう》が首の落ちたる事は、載せて聊斎志異《りょうさいしい》にもあれば、該《がい》何小二の如きも、その事なしとは云う可《べか》らざるか。云々。
山川技師は読み了《おわ》ると共に、呆《
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