進んであの沙門の法力を試みようと致すものは見えません。所詮は長尾《ながお》の僧都《そうず》は申すまでもなく、その日御見えになっていらしった山の座主《ざす》や仁和寺《にんなじ》の僧正《そうじょう》も、現人神《あらひとがみ》のような摩利信乃法師に、胆《きも》を御|挫《くじ》かれになったのでございましょう。供養の庭はしばらくの間、竜舟《りゅうしゅう》の音楽も声を絶って、造り花の蓮華にふる日の光の音さえ聞えたくらい、しんと静まり返ってしまいました。
沙門はそれにまた一層力を得たのでございましょう。例の十文字の護符をさしかざして、天狗《てんぐ》のように嘲笑《あざわら》いますと、
「これはまた笑止千万な。南都北嶺とやらの聖《ひじり》僧たちも少からぬように見うけたが、一人《ひとり》としてこの摩利信乃法師と法力を較べようずものも現れぬは、さては天上皇帝を始め奉り、諸天童子の御神光《ごしんこう》に恐れをなして、貴賤|老若《ろうにゃく》の嫌いなく、吾が摩利の法門に帰依し奉ったものと見える。さらば此場において、先ず山の座主《ざす》から一人一人|灌頂《かんちょう》の儀式を行うてとらせようか。」と、威丈高《い
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