たけだか》に罵りました。
 所がその声がまだ終らない中に、西の廊からただ一人、悠然と庭へ御下りになった、尊げな御僧《ごそう》がございます。金襴《きんらん》の袈裟《けさ》、水晶の念珠《ねんず》、それから白い双の眉毛――一目見ただけでも、天《あめ》が下《した》に功徳無量《くどくむりょう》の名を轟かせた、横川《よかわ》の僧都《そうず》だと申す事は疑おうようもございません。僧都は年こそとられましたが、たぶたぶと肥え太った体を徐《おもむろ》に運びながら、摩利信乃法師の眼の前へ、おごそかに歩みを止めますと、
「こりゃ下郎《げろう》。ただ今もその方が申す如く、この御堂《みどう》供養の庭には、法界《ほっかい》の竜象《りゅうぞう》数を知らず並み居られるには相違ない。が、鼠に抛《なげう》つにも器物《うつわもの》を忌《い》むの慣い、誰かその方如き下郎《げろう》づれと、法力の高下を競わりょうぞ。さればその方は先ず己を恥じて、※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]々《そうそう》この宝前を退散す可き分際ながら、推して神通《じんずう》を較べようなどは、近頃以て奇怪至極《きっかいしごく》じゃ。思うにその方は何処《
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