《にわか》にどよめきを挙げながら、「打ち殺せ」とか「搦《から》め取れ」とかしきりに罵り立てましたが、さて誰一人として席を離れて、摩利信乃法師を懲《こら》そうと致すものはございません。
三十一
すると摩利信乃法師《まりしのほうし》は傲然と、その僧たちの方を睨《ね》めまわして、
「過てるを知って憚《はばか》る事勿《ことなか》れとは、唐国《からくに》の聖人も申された。一旦、仏菩薩の妖魔たる事を知られたら、※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]々《そうそう》摩利の教に帰依あって、天上皇帝の御威徳を讃《たた》え奉るに若《し》くはない。またもし、摩利信乃法師の申し条に疑いあって、仏菩薩が妖魔か、天上皇帝が邪神か、決定《けつじょう》致し兼ぬるとあるならば、いかようにも法力《ほうりき》を較《くら》べ合せて、いずれが正法《しょうぼう》か弁別申そう。」と、声も荒らかに呼ばわりました。
が、何しろただ今も、検非違使《けびいし》たちが目《ま》のあたりに、気を失って倒れたのを見て居《お》るのでございますから、御簾《みす》の内も御簾の外も、水を打ったように声を呑んで、僧俗ともに誰一人、
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