め取ろうと致しました。が、摩利信乃法師は憎さげに、火長たちを見やりながら、
「打たば打て。取らば取れ。但《ただし》、天上皇帝の御罰は立ち所に下ろうぞよ。」と、嘲笑《あざわら》うような声を出しますと、その時胸に下っていた十文字の護符が日を受けて、眩《まぶし》くきらりと光ると同時に、なぜか相手は得物を捨てて、昼雷《ひるかみなり》にでも打たれたかと思うばかり、あの沙門の足もとへ、転《まろ》び倒れてしまいました。
「如何に方々。天上皇帝の御威徳は、ただ今|目《ま》のあたりに見られた如くじゃ。」
 摩利信乃法師は胸の護符を外して、東西の廊へ代る代る、誇らしげにさしかざしながら、
「元よりかような霊験《れいげん》は不思議もない。そもそも天上皇帝とは、この天地《あめつち》を造らせ給うた、唯一不二《ゆいいつふじ》の大御神《おおみかみ》じゃ。この大御神を知らねばこそ、方々はかくも信心の誠を尽して、阿弥陀如来なんぞと申す妖魔《ようま》の類《たぐい》を事々しく、供養せらるるげに思われた。」
 この暴言にたまり兼ねたのでございましょう。さっきから誦経《ずきょう》を止めて、茫然と事の次第を眺めていた僧たちは、俄
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