信乃法師は、今日も例の通り、墨染の法衣《ころも》の肩へ長い髪を乱しながら、十文字の護符の黄金《こがね》を胸のあたりに燦《きらめ》かせて、足さえ見るも寒そうな素跣足《すはだし》でございました。その後《うしろ》にはいつもの女菩薩《にょぼさつ》の幢《はた》が、秋の日の光の中にいかめしく掲げられて居りましたが、これは誰か供のものが、さしかざしてでもいたのでございましょう。
「方々《かたがた》にもの申そう。これは天上皇帝の神勅を賜わって、わが日の本に摩利の教を布《し》こうずる摩利信乃法師と申すものじゃ。」
あの沙門は悠々と看督長《かどのおさ》の拝に答えてから、砂を敷いた御庭の中へ、恐れげもなく進み出て、こう厳《おごそか》な声で申しました。それを聞くと御門の中は、またざわめきたちましたが、さすがに検非違使《けびいし》たちばかりは、思いもかけない椿事《ちんじ》に驚きながらも、役目は忘れなかったのでございましょう。火長《かちょう》と見えるものが二三人、手に手を得物提《えものひっさ》げて、声高《こわだか》に狼藉《ろうぜき》を咎めながら、あの沙門へ走りかかりますと、矢庭に四方から飛びかかって、搦《から》
前へ
次へ
全99ページ中90ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング