その中から絶え間なく晴れ渡った秋の空へ、うらうらと昇って参ります。
 するとその供養のまっ最中、四方の御門の外に群って、一目でも中の御容子《ごようす》を拝もうとしている人々が、俄《にわか》に何事が起ったのか、見る見るどっとどよみ立って、まるで風の吹き出した海のように、押しつ押されつし始めました。

        三十

 この騒ぎを見た看督長《かどのおさ》は、早速そこへ駈けつけて、高々と弓をふりかざしながら、御門《ごもん》の中《うち》へ乱れ入った人々を、打ち鎮めようと致しました。が、その人波の中を分けて、異様な風俗の沙門《しゃもん》が一人、姿を現したと思いますと、看督長はたちまち弓をすてて、往来の遮《さまたげ》をするどころか、そのままそこへひれ伏しながら、まるで帝《みかど》の御出ましを御拝み申す時のように、礼を致したではございませんか。外の騒動に気をとられて、一しきりざわめき立った御門の中が、急にひっそりと静まりますと、また「摩利信乃法師《まりしのほうし》、摩利信乃法師」と云う囁き声が、丁度|蘆《あし》の葉に渡る風のように、どこからともなく起ったのは、この時の事でございます。
 摩利
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