の多いものではございますが、もしやあれは中御門《なかみかど》の姫君の御召し物ではございますまいか。万一そうだと致しましたら、姫君はもういつの間にか、あの沙門《しゃもん》と御対面になったのでございましょうし、あるいはその上に摩利《まり》の教も、御帰依なすってしまわないとは限りません。こう思いますと私は、おちおち相手の申します事も、耳にはいらないくらいでございましたが、うっかりそんな素振《そぶり》を見せましては、またどんな恐ろしい目に遇わされないものでもございますまい。しかも摩利信乃法師の容子《ようす》では、私どももただ、神仏を蔑《なみ》されるのが口惜《くちお》しいので、闇討をしかけたものだと思ったのでございましょう。幸い、堀川の若殿様に御仕え申している事なぞは、気のつかないように見えましたから、あの薄色の袿《うちぎ》にも、なるべく眼をやらないようにして、河原の砂の上に坐ったまま、わざと神妙にあの沙門の申す事を聴いて居《お》るらしく装いました。
するとそれが先方には、いかにも殊勝《しゅしょう》げに見えたのでございましょう。一通り談義めいた事を説いて聴かせますと、摩利信乃法師は顔色を和《や
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