わら》げながら、あの十文字の護符を私どもの上にさしかざして、
「その方どもの罪業《ざいごう》は無知|蒙昧《もうまい》の然らしめた所じゃによって、天上皇帝も格別の御宥免《ごゆうめん》を賜わせらるるに相違あるまい。さればわしもこの上なお、叱り懲《こら》そうとは思うて居ぬ。やがてはまた、今夜の闇討が縁となって、その方どもが摩利の御教《みおしえ》に帰依し奉る時も参るであろう。じゃによってその時が参るまでは、一先《ひとまず》この場を退散致したが好《よ》い。」と、もの優しく申してくれました。もっともその時でさえ、非人たちは、今にも掴みかかりそうな、凄じい気色を見せて居りましたが、これもあの沙門の鶴の一声で、素直に私どもの帰る路を開いてくれたのでございます。
 そこで私と甥とは、太刀を鞘におさめる間《ま》も惜しいように、※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]々《そうそう》四条河原から逃げ出しました。その時の私の心もちと申しましたら、嬉しいとも、悲しいとも、乃至《ないし》はまた残念だとも、何ともお話しの致しようがございません。でございますから河原が遠くなって、ただ、あの芥火の赤く揺《ゆら》めくまわ
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