底から魔軍を率いて、この河原のただ中へ天下《あまくだ》ったようだとでも申しましょうか。――
 私どもは余りの不思議に、思わず太刀を落すや否や、頭《かしら》を抱えて右左へ、一たまりもなくひれ伏してしまいました。するとその頭《かしら》の空に、摩利信乃法師の罵る声が、またいかめしく響き渡って、
「命が惜しくば、その方どもも天上皇帝に御詫《おわび》申せ。さもない時は立ちどころに、護法百万の聖衆《しょうじゅ》たちは、その方どもの臭骸《しゅうがい》を段々壊《だんだんえ》に致そうぞよ。」と、雷《いかずち》のように呼《よば》わります。その恐ろしさ、物凄さと申しましたら、今になって考えましても、身ぶるいが出ずには居《お》られません。そこで私もとうとう我慢が出来なくなって、合掌した手をさし上げながら、眼をつぶって恐る恐る、「南無《なむ》天上皇帝」と称《とな》えました。

        二十八

 それから先の事は、申し上げるのさえ、御恥しいくらいでございますから、なる可く手短に御話し致しましょう。私共が天上皇帝を祈りましたせいか、あの恐ろしい幻は間もなく消えてしまいましたが、その代り太刀音を聞いて起て来
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