もの眼の前へは、恐ろしい幻が現れたのでございます。ああ、あの恐しい幻は、どうして私などの口の先で、御話し申す事が出来ましょう。もし出来たと致しましても、それは恐らく麒麟《きりん》の代りに、馬を指《さ》して見せると大した違いはございますまい。が、出来ないながら申上げますと、最初あの護符が空へあがった拍子に、私は河原の闇が、突然摩利信乃法師の後だけ、裂け飛んだように思いました。するとその闇の破れた所には、数限りもない焔《ほのお》の馬や焔の車が、竜蛇のような怪しい姿と一しょに、雨より急な火花を散らしながら、今にも私共の頭上をさして落ちかかるかと思うばかり、天に溢れてありありと浮び上ったのでございます。と思うとまた、その中に旗のようなものや、剣《つるぎ》のようなものも、何千何百となく燦《きらめ》いて、そこからまるで大風《おおかぜ》の海のような、凄じいもの音が、河原の石さえ走らせそうに、どっと沸《わ》き返って参りました。それを後に背負いながら、やはり薄色の袿《うちぎ》を肩にかけて、十文字の護符をかざしたまま、厳《おごそか》に立っているあの沙門《しゃもん》の異様な姿は、全くどこかの大天狗が、地獄の
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