ましたが、これは芥火に反《そむ》いているので、噂に聞く天狗の翼だか、それとも天竺《てんじく》にあると云う火鼠《ひねずみ》の裘《けごろも》だかわかりません。――
 この容子を見た私どもは、云わず語らず両方から沙門《しゃもん》の小屋を取囲んで、そっと太刀の鞘《さや》を払いました。が、私は初めからどうも妙な気おくれが致していたからでございましょう。その拍子に手もとが狂って、思わず鋭い鍔音《つばおと》を響かせてしまったのではございませんか。すると私が心の中で、はっと思う暇《いとま》さえなく、今まで息もしなかった菰だれの向うの摩利信乃法師が、たちまち身を起したらしいけはいを見せて、
「誰じゃ。」と、一声|咎《とが》めました。もうこうなっては、甥を始め、私までも騎虎《きこ》の勢いで、どうしてもあの沙門を、殺すよりほかはございません。そこでその声がするや否や、前と後と一斉に、ものも云わずに白刃《しらは》をかざして、いきなり小屋の中へつきこみました。その白刃の触れ合う音、竹の柱の折れる音、蓆壁の裂け飛ぶ音、――そう云う物音が凄じく、一度に致したと思いますと、矢庭に甥が、二足三足|後《うしろ》の方へ飛び
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