すさって、「おのれ、逃がしてたまろうか。」と、太刀をまっこうにふりかざしながら、苦しそうな声でおめきました。その声に驚いて私も素早く跳《は》ねのきながら、まだ燃えている芥火の光にきっと向うを透かして見ますと、まあ、どうでございましょう。粉微塵になった小屋の前には、あの無気味な摩利信乃法師が、薄色の袿《うちぎ》を肩にかけて、まるで猿《ましら》のように身をかがめながら、例の十文字の護符《ごふ》を額にあてて、じっと私どもの振舞を窺っているのでございます。これを見た私は、元よりすぐにも一刀浴びせようとあせりましたが、どう云うものか、あの沙門《しゃもん》の身をかがめたまわりには、自然と闇が濃くなるようで、容易に飛びかかる隙《すき》がございません。あるいはその闇の中に、何やら目に見えぬものが渦巻くようで、太刀の狙《ねら》いが定まらなかったとも申しましょうか。これは甥も同じ思いだったものと見えて、時々|喘《あえ》ぐように叫びますが、白刃はいつまでもその頭《かしら》の上に目まぐるしくくるくると輪ばかり描《か》いて居りました。
二十七
その中に摩利信乃法師《まりしのほうし》は、徐《
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