えじき》を覗う蜘蛛《くも》のように、音もなく小屋の外へ忍びよりました。いや全く芥火の朧げな光のさした、蓆壁にぴったり体をよせて、内のけはいを窺っている私の甥の後姿は、何となく大きな蜘蛛のような気味の悪いものに見えたのでございます。

        二十六

 が、こう云う場合に立ち至ったからは、元よりこちらも手を束《つか》ねて、見て居《お》る訳には参りません。そこで水干《すいかん》の袖を後で結ぶと、甥の後《うしろ》から私も、小屋の外へ窺《うかが》いよって、蓆の隙から中の容子を、じっと覗きこみました。
 するとまず、眼に映ったのは、あの旗竿に掲げて歩く女菩薩《にょぼさつ》の画像《えすがた》でございます。それが今は、向うの蓆壁にかけられて、形ははっきりと見えませんが、入口の菰《こも》を洩れる芥火《あくたび》の光をうけて、美しい金の光輪ばかりが、まるで月蝕《げっしょく》か何かのように、ほんのり燦《きら》めいて居りました。またその前に横になって居りますのは、昼の疲れに前後を忘れた摩利信乃法師《まりしのほうし》でございましょう。それからその寝姿を半蔽《なかばおお》っている、着物らしいものが見え
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