、理窟はどうでもつくものです。それよりももしあの沙門が、例の天上皇帝の力か何か藉《か》りて、殿様や姫君を呪《のろ》うような事があったとして御覧なさい。叔父さん始め私まで、こうして禄を頂いている甲斐がないじゃありませんか。」
 私の甥は顔を火照《ほて》らせながら、どこまでもこう弁じつづけて、私などの申す事には、とんと耳を藉しそうな気色《けしき》さえもございません。――すると丁度そこへほかの侍たちが、扇の音をさせながら、二三人はいって参りましたので、とうとうこの話もその場限り、御流《おながれ》になってしまいました。

        二十五

 それからまた、三四日はすぎたように覚えて居ります。ある星月夜《ほしづくよ》の事でございましたが、私は甥《おい》と一しょに更闌《こうた》けてから四条河原へそっと忍んで参りました。その時でさえまだ私には、あの天狗法師を殺そうと云う心算《つもり》もなし、また殺す方がよいと云う気もあった訳ではございません。が、どうしても甥が初の目ろみを捨てないのと、甥を一人やる事がなぜか妙に気がかりだったのとで、とうとう私までが年甲斐もなく、河原蓬《かわらよもぎ》の露に濡
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