小屋で見張りをしてる訳にも行くまい。御主《おぬし》の申す事は、何やら謎めいた所があって、わしのような年寄りには、十分に解《げ》し兼ねるが、一体御主はあの摩利信乃法師をどうしようと云う心算《つもり》なのじゃ。」
私が不審《ふしん》そうにこう尋ねますと、私の甥はあたかも他聞を憚《はばか》るように、梅の青葉の影がさして居る部屋の前後へ目をくばりながら、私の耳へ口を附けて、
「どうすると云うて、ほかに仕方のある筈がありません。夜更けにでも、そっと四条河原へ忍んで行って、あの沙門の息の根を止めてしまうばかりです。」
これにはさすがの私もしばらくの間は呆れ果てて、二の句をつぐ事さえ忘れて居りましたが、甥は若い者らしい、一図に思いつめた調子で、
「何、高があの通りの乞食《こつじき》法師です。たとい加勢の二三人はあろうとも、仕止めるのに造作《ぞうさ》はありますまい。」
「が、それはどうもちと無法なようじゃ。成程あの摩利信乃法師は邪宗門《じゃしゅうもん》を拡めては歩いて居ようが、そのほかには何一つ罪らしい罪も犯して居らぬ。さればあの沙門を殺すのは、云わば無辜《むこ》を殺すとでも申そう。――」
「いや
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