れながら、摩利信乃法師《まりしのほうし》の住む小屋を目がけて、窺《うかが》いよることになったのでございます。
 御承知の通りあの河原には、見苦しい非人《ひにん》小屋が、何軒となく立ち並んで居りますが、今はもうここに多い白癩《びゃくらい》の乞食《こつじき》たちも、私などが思いもつかない、怪しげな夢をむすびながら、ぐっすり睡入《ねい》って居《お》るのでございましょう。私と甥とが足音を偸《ぬす》み偸み、静にその小屋の前を通りぬけました時も、蓆壁《むしろかべ》の後《うしろ》にはただ、高鼾《たかいびき》の声が聞えるばかり、どこもかしこもひっそりと静まり返って、たった一所《ひとところ》焚き残してある芥火《あくたび》さえ、風もないのか夜空へ白く、まっすぐな煙《けぶり》をあげて居ります。殊にその煙の末が、所斑《ところはだら》な天の川と一つでいるのを眺めますと、どうやら数え切れない星屑が、洛中の天を傾けて、一尺ずつ一寸ずつ、辷る音まではっきりと聞きとれそうに思われました。
 その中に私の甥は、兼ねて目星をつけて置いたのでございましょう、加茂川《かもがわ》の細い流れに臨んでいる、菰《こも》だれの小屋の一つ
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