びる事が出来ました。その御恩を思いますと、あなた様の仰有《おっしゃ》る事に、いやと申せた義理ではございません。摩利《まり》の教とやらに御帰依なさるか、なさらないか、それは姫君の御意次第でございますが、久しぶりであなた様の御目にかかると申す事は、姫君も御嫌《おいや》ではございますまい。とにかく私の力の及ぶ限り、御対面だけはなされるように御取り計らい申しましょう。」
二十四
その密談の仔細を甥の口から私が詳しく聞きましたのは、それから三四日たったある朝の事でございます。日頃は人の多い御屋形の侍所《さむらいどころ》も、その時は私共二人だけで、眩《まば》ゆく朝日のさした植込みの梅の青葉の間からは、それでも涼しいそよ風が、そろそろ動こうとする秋の心もちを時々吹いて参りました。
私の甥はその話を終ってから、一段と声をひそめますと、
「一体あの摩利信乃法師《まりしのほうし》と云う男が、どうして姫君を知って居《お》るのだか、それは元より私にも不思議と申すほかはありませんが、とにかくあの沙門《しゃもん》が姫君の御意を得るような事でもあると、どうもこの御屋形の殿様の御身の上には、思
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