申しましたら、橋の下の私の甥《おい》には、体中の筋骨《すじぼね》が妙にむず痒《がゆ》くなったくらい、待ち遠しかったそうでございます。
「たとい河原とは申しながら、予も洛中に住まうものじゃ。堀川の殿がこの日頃、姫君のもとへしげしげと、通わるる趣も知っては居《お》る。――」
やがてまた摩利信乃法師は、相不変《あいかわらず》もの静かな声で、独り言のように言《ことば》を継《つ》ぐと、
「が、予は姫君が恋しゅうて、御意《ぎょい》得たいと申すのではない。予の業欲《ごうよく》に憧るる心は、一度唐土《ひとたびもろこし》にさすらって、紅毛碧眼の胡僧《こそう》の口から、天上皇帝の御教《みおしえ》を聴聞《ちょうもん》すると共に、滅びてしもうた。ただ、予が胸を痛めるのは、あの玉のような姫君も、この天地《あめつち》を造らせ給うた天上皇帝を知られぬ事じゃ。されば、神と云い仏《ほとけ》と云う天魔外道《てんまげどう》の類《たぐい》を信仰せられて、その形になぞらえた木石にも香花《こうげ》を供えられる。かくてはやがて命終《めいしゅう》の期《ご》に臨んで、永劫《えいごう》消えぬ地獄の火に焼かれ給うに相違ない。予はその事を
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