さくらびと》の曲を御謡いになった、あの御年若なあなた様と、ただ今こうして炎天に裸で御歩きになっていらっしゃる、慮外ながら天狗のような、見るのも凄じいあなた様と、同じ方でいらっしゃろうとは、あの打伏《うちふし》の巫子《みこ》に聞いて見ても、わからないのに相違ございません。」
こう平太夫《へいだゆう》が口軽く、扇の音と一しょに申しますと、摩利信乃法師はまるでまた、どこの殿様かと疑われる、鷹揚《おうよう》な言《ことば》つきで、
「わしもその方に会ったのは何よりも満足じゃ。いつぞや油小路《あぶらのこうじ》の道祖《さえ》の神の祠《ほこら》の前でも、ちらと見かけた事があったが、その方は側目《わきめ》もふらず、文をつけた橘の枝を力なくかつぎながら、もの思わしげにたどたどと屋形の方へ歩いて参った。」
「さようでございますか。それはまた年甲斐もなく、失礼な事を致したものでございます。」
平太夫はあの朝の事を思い出したのでございましょう。苦々しげにこう申しましたが、やがて勢いの好《よ》い扇の音が、再びはたはたと致しますと、
「しかしこうして今日《こんにち》御眼にかかれたのは、全く清水寺《きよみずでら》
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