》を使いながら、欄干に身をよせかけて、例の摩利信乃法師《まりしのほうし》と一しょに、余念なく何事か話して居《お》るではございませんか。
それを見ますと私の甥は、以前|油小路《あぶらのこうじ》の辻で見かけた、摩利信乃法師の不思議な振舞がふと心に浮びました。そう云えばあの時も、どうやら二人の間には、曰《いわ》くがあったようでもある。――こう私の甥は思いましたから、眼は糸の方へやっていても、耳は橋の上の二人の話を、じっと聞き澄まして居りますと、向うは人通りもほとんど途絶えた、日盛りの寂しさに心を許したのでございましょう。私の甥の居《お》る事なぞには、更に気のつく容子《ようす》もなく、思いもよらない、大それた事を話し合って居《お》るのでございます。
「あなた様がこの摩利の教を御拡《おひろ》めになっていらっしゃろうなどとは、この広い洛中で誰一人存じて居《お》るものはございますまい。私《わたくし》でさえあなた様が御自分でそう仰有《おっしゃ》るまでは、どこかで御見かけ申したとは思いながら、とんと覚えがございませんでした。それもまた考えて見れば、もっともな次第でございます。いつぞやの春の月夜に桜人《
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