のとういん》の御屋形へ御通いになりましたが、時には私のような年よりも御供に御召しになった事がございました。私が始めてあの御姫様の、眩しいような御美しさを拝む事が出来ましたのも、そう云う折ふしの事でございます。一度などは御二人で、私を御側近く御呼びよせなさりながら、今昔《こんじゃく》の移り変りを話せと申す御意もございました。確か、その時の事でございましょう。御簾《みす》のひまから見える御池の水に、さわやかな星の光が落ちて、まだ散り残った藤《ふじ》の※[#「均−土」、第3水準1−14−75]《におい》がかすかに漂って来るような夜でございましたが、その涼しい夜気の中に、一人二人の女房を御侍《おはべ》らせになって、もの静に御酒盛をなすっていらっしゃる御二方の美しさは、まるで倭絵《やまとえ》の中からでも、抜け出していらしったようでございました。殊に白い単衣襲《ひとえがさね》に薄色の袿《うちぎ》を召した御姫様の清らかさは、おさおさあの赫夜姫《かぐやひめ》にも御劣りになりはしますまい。
その内に御酒機嫌《ごしゅきげん》の若殿様が、ふと御姫様の方へ御向いなさりながら、
「今も爺《じい》の申した通り、
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