夫と危くつき当りそうになりました。女菩薩《にょぼさつ》の幢《はた》、墨染の法衣《ころも》、それから十文字の怪しい護符、一目見て私の甥は、それが例の摩利信乃法師だと申す事に、気がついたそうでございます。

        十七

 危くつき当りそうになった摩利信乃法師《まりしのほうし》は、咄嗟《とっさ》に身を躱《かわ》しましたが、なぜかそこに足を止めて、じっと平太夫《へいだゆう》の姿を見守りました。が、あの老爺《おやじ》はとんとそれに頓着する容子《ようす》もなく、ただ、二三歩譲っただけで、相不変《あいかわらず》とぼとぼと寂しい歩みを運んで参ります。さてはさすがの摩利信乃法師も、平太夫の異様な風俗を、不審に思ったものと見えると、こう私の甥は考えましたが、やがてその側まで参りますと、まだ我を忘れたように、道祖《さえ》の神の祠《ほこら》を後《うしろ》にして、佇《たたず》んでいる沙門の眼《ま》なざしが、いかに天狗の化身《けしん》とは申しながら、どうも唯事とは思われません。いや、反《かえ》ってその眼なざしには、いつもの気味の悪い光がなくて、まるで涙ぐんででもいるような、もの優しい潤いが、漂っている
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