出ましたのは、私の甥《おい》の侍で、これは万一平太夫が御文に無礼でも働いてはならないと、若殿様にも申し上げず、見え隠れにあの老爺《おやじ》の跡をつけたのでございます。
 二人の間はおよその所、半町ばかりもございましたろうか。平太夫は気も心も緩みはてたかと思うばかり、跣足《はだし》を力なくひきずりながら、まだ雲切れのしない空に柿若葉の※[#「均−土」、第3水準1−14−75]《におい》のする、築土《ついじ》つづきの都大路《みやこおおじ》を、とぼとぼと歩いて参ります。途々通りちがう菜売りの女などが、稀有《けう》な文使《ふづか》いだとでも思いますのか、迂散《うさん》らしくふり返って、見送るものもございましたが、あの老爺《おやじ》はとんとそれにも目をくれる気色《けしき》はございません。
 この調子ならまず何事もなかろうと、一時は私の甥も途中から引き返そうと致しましたが、よもやに引かされて、しばらくは猶も跡を慕って参りますと、丁度|油小路《あぶらのこうじ》へ出ようと云う、道祖《さえ》の神の祠《ほこら》の前で、折からあの辻をこちらへ曲って出た、見慣れない一人の沙門《しゃもん》が、出合いがしらに平太
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