》でないものがいたと思え。そのものこそは天《あめ》が下《した》の阿呆《あほう》ものじゃ。」
 若殿様はこう仰有《おっしゃ》って、美しい歯を御見せになりながら、肩を揺《ゆす》って御笑いになりました。これには命知らずの盗人たちも、しばらくは胆《きも》を奪われたのでございましょう。御胸に迫っていた太刀先さえ、この時はもう自然と、車の外の月明りへ引かれていたと申しますから。
「なぜと申せ。」と、若殿様は言葉を御継ぎになって、「予を殺害《せつがい》した暁には、その方どもはことごとく検非違使《けびいし》の目にかかり次第、極刑《ごっけい》に行わるべき奴ばらじゃ。元よりそれも少納言殿の御内のものなら、己《おの》が忠義に捨つる命じゃによって、定めて本望に相違はあるまい。が、さもないものがこの中にあって、わずかばかりの金銀が欲しさに、予が身を白刃に向けるとすれば、そやつは二つとない大事な命を、その褒美《ほうび》と換えようず阿呆ものじゃ。何とそう云う道理ではあるまいか。」
 これを聞いた盗人たちは、今更のように顔を見合せたけはいでございましたが、平太夫《へいだゆう》だけは独り、気違いのように吼《たけ》り立っ
前へ 次へ
全99ページ中43ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング