すが、あの中御門の御姫様に年久しく御仕え申している、平太夫《へいだゆう》に相違はございません。この一刹那はさすがの若殿様も、思わず総身《そうみ》の毛がよだつような、恐ろしい思いをなすったと申す事でございました。なぜと申しますと、あの平太夫が堀川の御一家《ごいっけ》を仇《かたき》のように憎んでいる事は、若殿様の御耳にも、とうからはいっていたからでございます。
 いや、現にその時も、平太夫がそう答えますと、さっきの盗人は一層声を荒《あらら》げて、太刀の切先《きっさき》を若殿様の御胸に向けながら、
「さらば御命《おんいのち》を申受けようず。」と罵ったと申すではございませんか。

        十四

 しかしあの飽くまでも、物に御騒ぎにならない若殿様は、すぐに勇気を御取り直しになって、悠々と扇を御弄《おもてあそ》びなさりながら、
「待て。待て。予の命が欲しくば、次第によって呉れてやらぬものでもない。が、その方どもは、何でそのようなものを欲しがるのじゃ。」と、まるで人事のように御尋ねになりました。すると頭立《かしらだ》った盗人は、白刃《しらは》を益《ますます》御胸へ近づけて、
「中御門《なか
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