中に蝗《いなむし》が食ってしまったものもございますが、あの白朱社《はくしゅしゃ》の巫女《みこ》などは、摩利信乃法師を祈り殺そうとした応報で、一目見るのさえ気味の悪い白癩《びゃくらい》になってしまったそうでございます。そこであの沙門は天狗の化身《けしん》だなどと申す噂が、一層高くなったのでございましょう。が、天狗ならば一矢に射てとって見せるとか申して、わざわざ鞍馬の奥から参りました猟師も、例の諸天童子の剣《つるぎ》にでも打たれたのか、急に目がつぶれた揚句《あげく》、しまいには摩利の教の信者になってしまったとか申す事でございました。
 そう云う勢いでございますから、日が経《ふ》るに従って、信者になる老若男女《ろうにゃくなんにょ》も、追々数を増して参りましたが、そのまた信者になりますには、何でも水で頭《かしら》を濡《ぬら》すと云う、灌頂《かんちょう》めいた式があって、それを一度すまさない中は、例の天上皇帝に帰依《きえ》した明りが立ち兼《か》ねるのだそうでございます。これは私の甥が見かけたことでございますが、ある日四条の大橋を通りますと、橋の下の河原に夥《おびただ》しい人だかりが致して居りまし
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