》から、左の膝頭にその甥の顔をした、不思議な瘡《かさ》が現われて、昼も夜も骨を刻《けず》るような業苦《ごうく》に悩んで居りましたが、あの沙門の加持《かじ》を受けますと、見る間にその顔が気色《けしき》を和《やわら》げて、やがて口とも覚しい所から「南無《なむ》」と云う声が洩れるや否や、たちまち跡方《あとかた》もなく消え失せたと申すのでございます。元よりそのくらいでございますから、狐の憑《つ》きましたのも、天狗の憑《つ》きましたのも、あるいはまた、何とも名の知れない、妖魅鬼神《ようみきじん》の憑きましたのも、あの十文字《じゅうもんじ》の護符を頂きますと、まるで木《こ》の葉を食う虫が、大風にでも振われて落ちるように、すぐさま落ちてしまいました。
が、摩利信乃法師の法力が評判になったのは、それだからばかりではございません。前にも私が往来で見かけましたように、摩利の教を誹謗《ひぼう》したり、その信者を呵責《かしゃく》したり致しますと、あの沙門は即座にその相手に、恐ろしい神罰を祈り下しました。おかげで井戸の水が腥《なまぐさ》い血潮に変ったものもございますし、持《も》ち田《だ》の稲を一夜《いちや》の
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