たから、何かと存じて覗《のぞ》きました所、これもやはり摩利信乃法師が東国者らしい侍に、その怪しげな灌頂の式を授けて居《お》るのでございました。何しろ折からの水が温《ぬる》んで、桜の花も流れようと云う加茂川へ、大太刀を佩《は》いて畏《かしこま》った侍と、あの十文字の護符を捧げている異形《いぎょう》な沙門とが影を落して、見慣れない儀式を致していたと申すのでございますから、余程面白い見物《みもの》でございましたろう。――そう云えば、前に申し上げる事を忘れましたが、摩利信乃法師は始めから、四条河原の非人《ひにん》小屋の間へ、小さな蓆張《むしろば》りの庵《いおり》を造りまして、そこに始終たった一人、佗《わび》しく住んでいたのでございます。
十三
そこでお話は元へ戻りますが、その間に若殿様は、思いもよらない出来事から、予《かね》て御心を寄せていらしった中御門《なかみかど》の御姫様と、親しい御語いをなさる事が御出来なさるように相成りました。その思いもよらない事と申しますのは、もう花橘《はなたちばな》の※[#「均−土」、第3水準1−14−75]《におい》と時鳥《ほととぎす》の声と
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