うじ》の護符《ごふ》を貼りましたし、有験《うげん》の法師《ほうし》たちを御召しになって、種々の御祈祷を御上げになりましたが、これも誠に遁れ難い定業《じょうごう》ででもございましたろう。
 ある日――それも雪もよいの、底冷がする日の事でございましたが、今出川《いまでがわ》の大納言《だいなごん》様の御屋形から、御帰りになる御車《みくるま》の中で、急に大熱が御発しになり、御帰館遊ばした時分には、もうただ「あた、あた」と仰有《おっしゃ》るばかり、あまつさえ御身《おみ》のうちは、一面に気味悪く紫立って、御褥《おしとね》の白綾《しろあや》も焦げるかと思う御気色《みけしき》になりました。元よりその時も御枕もとには、法師、医師、陰陽師《おんみょうじ》などが、皆それぞれに肝胆《かんたん》を砕いて、必死の力を尽しましたが、御熱は益《ますます》烈しくなって、やがて御床《おんゆか》の上まで転《ころ》び出ていらっしゃると、たちまち別人のような嗄《しわが》れた御声で、「あおう、身のうちに火がついたわ。この煙《けぶ》りは如何《いかが》致した。」と、狂おしく御吼《おたけ》りになったまま、僅三時《わずかみとき》ばかりの
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