流れますやら、御庭の紅梅が時ならず一度に花を開きますやら、御厩《おうまや》の白馬《しろうま》が一夜《いちや》の内に黒くなりますやら、御池の水が見る間に干上《ひあが》って、鯉《こい》や鮒《ふな》が泥の中で喘《あえ》ぎますやら、いろいろ凶《わる》い兆《しらせ》がございました。中でも殊に空恐ろしく思われたのは、ある女房の夢枕に、良秀《よしひで》の娘の乗ったような、炎々と火の燃えしきる車が一輛、人面《じんめん》の獣《けもの》に曳かれながら、天から下《お》りて来たと思いますと、その車の中からやさしい声がして、「大殿様をこれへ御迎え申せ。」と、呼《よば》わったそうでございます。その時、その人面の獣が怪しく唸《うな》って、頭《かしら》を上げたのを眺めますと、夢現《ゆめうつつ》の暗《やみ》の中にも、唇ばかりが生々《なまなま》しく赤かったので、思わず金切声をあげながら、その声でやっと我に返りましたが、総身はびっしょり冷汗《ひやあせ》で、胸さえまるで早鐘をつくように躍っていたとか申しました。でございますから、北の方《かた》を始め、私《わたくし》どもまで心を痛めて、御屋形の門々《かどかど》に陰陽師《おんみょ
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