御客に御出でになる上《うえ》つ方《がた》の御顔ぶれで、今はいかに時めいている大臣大将でも、一芸一能にすぐれていらっしゃらない方は、滅多《めった》に若殿様の御眼にはかかれません。いや、たとい御眼にかかれたのにしても、御出でになる方々が、皆風流の才子ばかりでいらっしゃいますから、さすがに御身を御愧《おは》じになって、自然御み足が遠くなってしまうのでございます。
その代りまた、詩歌管絃の道に長じてさえ居りますれば、無位無官の侍でも、身に余るような御褒美《ごほうび》を受けた事がございます。たとえば、ある秋の夜に、月の光が格子にさして、機織《はたお》りの声が致して居りました時、ふと人を御召しになると、新参の侍が参りましたが、どう思召したのか、急にその侍に御向いなすって、
「機織《はたお》りの声が致すのは、その方《ほう》にも聞えような。これを題に一首|仕《つかまつ》れ。」と、御声がかりがございました。するとその侍は下《しも》にいて、しばらく頭《かしら》を傾けて居りましたが、やがて、「青柳《あおやぎ》の」と、初《はじめ》の句を申しました。するとその季節に合わなかったのが、可笑《おかし》かったのでご
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