。今でもその時の事を考えますと、まるで磨ぎすました焼刃《やきば》の※[#「均−土」、第3水準1−14−75]《にお》いを嗅ぐような、身にしみてひやりとする、と同時にまた何となく頼もしい、妙な心もちが致した事は、先刻もう御耳に入れて置きました。誠にその時の私どもには、心から御代替《ごだいがわ》りがしたと云う気が、――それも御屋形《おやかた》の中ばかりでなく、一天下《いってんか》にさす日影が、急に南から北へふり変ったような、慌《あわただ》しい気が致したのでございます。
五
でございますから若殿様が、御家督を御取りになったその日の内から、御屋形《おやかた》の中へはどこからともなく、今までにない長閑《のどか》な景色《けしき》が、春風《しゅんぷう》のように吹きこんで参りました。歌合《うたあわ》せ、花合せ、あるいは艶書合《えんしょあわ》せなどが、以前にも増して度々御催しになられたのは、申すまでもございますまい。それからまた、女房たちを始め、侍どもの風俗が、まるで昔の絵巻から抜け出して来たように、みやびやかになったのも、元よりの事でございます。が、殊に以前と変ったのは、御屋形の
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